先日、ぶらりと町づくりセンターへ行ったら、何やらイベントをやっていたので参加してみました。イベントとは「縮小とは再生への好機(チャンス)」というもの。三日間に渡る大イベントです。
最初は「音」をテーマにしたワークショップに参加。どういうことかと言うと、その土地、その時の音を記録しておく。そうすることで、あとから、その瞬間のその土地の記憶を奮い起こす手助けに出来ないか、また、その土地をアピールする素材として活用できないかってことです。僕はそう理解したのです。
昔からある環境音のレコード(昔、蒸気機関車の走行音のLPとか、ありましたね)、また、インダストリアルだとかテクノの人がよくやる街や機械の音をサンプリングして音楽にする(参考:Tokyo Underground リンク先はiTunesMusicStore、三十秒ほど試聴可。その中で繰り返されているフレーズは東京JRの発車ベル)とかをもっと色々な手法で表現できないか、と。講師の方たちは、実例として、こんなサイトがあるよって話をしてました。個人的には小中学校の登下校時の子どもたちの函館弁とか、有線放送とか、そういうのをかき集めたら面白いんじゃんなかろか、ってな感じ。ただ、話の落着点をどこに持っていきたかったのか、そういうサイト作りをしてみませんか、とか、函館ならではのどういう音があるのかとか、どんなことを参加者に訴えて、参加者から引き出したかったのかがちょっと不明瞭だったのが残念。ただ、参加者の一人が「音は文字や文章で表現するのが難しい、悔しい」旨の発言をしていましたが、ここの人なのかな? 違っていたらごめんなさい。ただ、音で場所や時代を指し示す、というコンセプト自体は参加者の皆がその重要性を感じていたようです。
とにかく、「函館の音」って十年くらい前にFMいるかさんがCDを出していたけど、そういうのを改めてiTunesMusicStoreやMoraとかでネット販売できないのかな?と、思います。タグに記録されるジャケット写真を音を録音した観光名所とかの写真にしたりすると、けっこうアピールになるのではないか、とも思います。っつーか、まだ、そんなことをやっている観光地って無いんじゃないかな?
また、このイベントを主催されている、npo-kobo代表の渡辺さんともお話をさせて頂きました。この方、元々の主張のひとつとして、「街づくりをヨーロッパに学ぼう」という意見を持っていらっしゃって、僕自身も「お互いに協力できそうかな?」と、ちょっと、活動に希望を持てました。
実際、函館って、サークルや団体はたくさんあるのだけど、横のつながりがほとんどない、あるいは反目し合っているっていうことがあって「お互いに協力し合えばもっと大きい事が出来るのに」って思っていた事が少なからずあります。だから、こういう「お互いに協力できそうかな」って思える人がいることはそれだけで、結構な支えになってくれます。実際、お互いにどこまで協力し合えるかとか、そういう生々しい部分はありますけど、ね。
今日はこんな感じで。
追記
探してみたら、こんなものがあるんじゃん。FMいるかさん、どうです?
2007年11月27日火曜日
2007年11月22日木曜日
自転車のこと
今日は、最近語られることも多い自転車の話。
今回の写真、ブタペストの市内で撮影したもの。列をなして停まっている車はパーキングエリアのもの。さて、歩道と車の間に妙なスペースが空いているのを確認いただけるでしょうか。これ、道路標識にあるように自転車専用スペースです。
最近、自転車は歩道と車道、どちらを走るべきか、なんて議論をニュースやネットで見る機会も多いです。基本的には自転車は「軽車両」つまり、自動車やなんかの仲間なわけで、本来は車道を走るべきものなんです。ただ、全く歩道を走ることができないわけではありません。現在は一時的な処置として歩道を走ることができるようになっていて、それをどうするかが、議論の焦点になっているのです。ただ、議論の内容が「歩道」か「車道」のどちらかにする、という単なる二択になっているのはどうかと思いますが。過去、夫婦同姓の問題でも、報道されていた内容だと「必ず同姓」か「必ず別姓」かという議論で、「当事者の選択にすればいい」って意見を見なかったような気がしたのですが、どういうことなんでしょうね。
もとい。
そこでよく議論に出されるのが、諸外国での自転車のありかたです。曰く「自転車は車両の一種なので、車道を走るのが常識」とか、とか。僕も、車道を走る方が良いと思うのです。段差は少ないし、スピードは出せるし。それなりのスポーツ車であれば、僕くらいの素人であっても時速30㌔巡航くらいは出来てしまいますし。まぁ、ちゃんと、自転車が走る事を前提として作られている道路ならば、ですが。
実際にブダペスト市内を見ていると、ガチガチに「車道を走らなければいけない」わけではないようです。場所によっては、日本のように、歩道の一部を自転車通行帯としている場所もありますし、そんな場所では、歩行者と自転車がごちゃまぜになって走っていたりします(ウィーンでもそんなエリアがありました)。その辺は日本とあんまり変わらないのでは? という印象でした。
ただ、自転車に乗るひとたちの意識は、日本人のそれと全く違います。今回訪問したハンガリー、スロバキア、オーストリアやチェコで見かけた自転車乗りのひとたちは、とにかく『速く、速く。前へ、前へ」って感じです。日本みたいに左右にふらふらしながら乗っている人はいません。スーツ姿のビジネスマンも、クロスバイクにチャイルドシートで子どもを乗せたお母さんも、とにかく、まっすぐ一目散に走ります。荷物があれば、バックパックに。買い物袋をハンドルにぶら下げている人はいません。BMXに乗ったやんちゃなハイティーンの男の子たちが、集団で歩行者の合間をすり抜けながら、歩道を駆け抜けていったことはありますけど、それは例外でしょう。ただ、皆、「自転車なんだからトバさなくちゃ」って意識に駆られているような印象を受けたのです。
だから、その「どう、自転車に接するのか」って部分を置き去りにして、「歩道」か「車道」かの議論に、「外国ではこうだから」って話を持ち込むのはちょっと違うのではないかと思うのですよ。個人的には状況に応じて車道と歩道を選べるのが一番良いと思うのですけど。
あと、自転車の列車や地下鉄(ウィーンでのこと)への自転車の持ち込みは自由です。
ただ、それも持ち込む人たちのマナーがあってはじめて成り立ちます。個人的にはうらやましい状況ですが、これを一概に日本に持ち込むのは難しい、と思うのです。
ただ、こういう欧州の状況を見ていると、函館でも、もっといろんなことができないか、と思うのです。例えば、市電の外側にアタッチメントをつけて、自転車と一緒に移動できるようにするとか。例えば、駅前にレンタル自転車があって、その自転車を借りると、自転車の一日乗車券とともに市電の利用権が与えられる、とか。そーゆーことができたら、観光客に対するアピールの一環になりませんかね?
欧州と付き合うメリットって、こういうことを考える機会が増えることだと思うのですよ。
では。
2007年11月20日火曜日
2007年11月18日日曜日
意思表明
函館スロバキアオペラ交流の会。この会は、オペラというひとつの文化を通じて函館が海外(スロバキア)との交流を深めようとの考えで設立したことは、以前述べた通りです。今回は、当会の実際の活動その他について方針を表明し、賛同して下さる方を募りたいと思います。
メーンの事業はオペラを通じた国際交流になります。今回の来日でスロバキア国立オペラは函館以外にも、札幌で一回、横浜で六回の公演をします。例えば、この公演を毎年、全て函館(及びその周辺都市)でやることになったら、冬の観光のひとつのツールになり得ると思います。
また、話は観光だけではありません。現代日本の日常生活には、欧州文化をその源流とするものが数多く入ってきています。自動車(これは馬車の発展型になります)、自転車(最近、日本でもそのあり方が見直されてきていますね)、ハムやソーセージなど(向こうでは、フランス料理店にでも行かなければ食べられないような生ハムが簡単に手に入ります。しかも安い)が、かの地でどのような使い方をされているのか。もちろん、気候風土や街のつくりなどの問題がありますから、それらを全て取り入れることは不可能ですけど、知る事で生活を(より楽しい方向へ)変える手助けにはなるはずです。欧州では基本的に鉄道への自転車持ち込みは自由です。日本ではJRに自転車を持ち込むのは自由ですが、輪行袋というもので自転車全体を覆わなくてはなりません。これは日本の鉄道が狭軌で、海外の鉄道車両に比べて小さいからそういうことになったのだと思います。だから、そのまま、というのは無理にしてもそれをアレンジして取り込む、ということはできるはずです。
また、向こうの人たちにとっても、日本との交流はメリットがあります。例えば、スロバキアの首都にあるTESCO(日本でいうジャスコみたいな、英国資本の巨大スーパー)の食品売り場には、魚類はほんの数点しかありません。山の中にある国ですから元々そういう習慣もないのでしょうけど。そこで、函館の魚類、もちろん、生は厳しいでしょうから、日本の加工技術を施されたものを持っていって「こういうものがあるんですよ」って、提案してみせることができたら注目はされると思います。思いのほか、日本食は海外の方にも受けるようです。理由は食感が全く違うから。向こうの食べ物は全体、硬めです。だから、例えばラーメン(これは、十年近く日本を訪れている、国立オペラメンバーの好物のひとつ)のトロトロになったチャーシューなんて、まさに異世界の食べ物になります。函館のラーメン屋さんが、向こうで店を出したら面白いですよね。そういうビジネスのチャンスもあるでしょう。日本とスロバキアが交流することに、双方が得るものがある、と考える人がスロバキアにもいるから、こういう声(リンク先をスクロールしてみて下さい)も上がっているわけです。
さて、当会は将来的にどうしていくのか。
当会は、オペラ公演を主事業としたNPO法人化を目指します。
当会は、文化、経済その他の交流事業をし、新たな雇用の場となることを目指します。
当会は、雇用の場の創出こそが「地域活性化」に直結することだと考えるからです。
日本各地で「地域活性化」の名の下にさまざまなプロジェクトが行われています。でも、そのほとんどが単発のイベントです。ちょっと申し訳ないのですが、夕張の映画祭を例にあげます。あれは地元の人たちにどれだけのメリットをもたらしたのでしょう。イベントが開催されている期間は、地元の旅館や食堂の利用者も潤ったでしょう。でも、それだけです。東京のエージェントにイベント開催のためのお金を払って、どれくらい回収できたのか。その映画祭があるからと、新たな職を得る人がどれだけいたのか。そこから、同市の経済が発展する何かを残す事が出来たのか。
イベント自体の否定はしません。楽しいですし、それによって何かを得る人もいるでしょうし。これを書いている、代表の天明伸哉も「地域活性化」「地域おこし」の名の下に行われたイベントにかかわったことがあるのですから。そして、実際にその手のイベントを見て、参加して、「これをしたからといって、地域経済がどれだけ良くなるのか。一時的なものではないか」「ボランティアとして参加している人たちはこれを生き甲斐にできるかもしれないけど、これで生活水準が上がるわけではないよな」などと考えるようになりました。そんなことを考えるきっかけにはなりましたし、同様にイベントを主催するなかで「何が地域活性化になるのか」と考え、現在、複数の人間を雇用する立場になった人もいます。
日本国内で、ベンチャーなどと言われていますが、「成功」と評価されるものは10%に満たないことも重々承知しています。でも、欧州を舞台に活躍する、国立の芸能集団が函館にくるのです。ただそれだけのとても細い線です。ですが、その線を太く、強固にすることで、スロバキアのみならず、ヨーロッパ全体との交流を果たすことができるのではないか、と考えます。
この会に賛同される方を募集します。今は自分ひとりだけなので、何を考えるにしてもすぐに煮詰まってしまうのです。
詳細についてはメール、電話やここのコメント欄を利用して頂ければ幸いです。
それでは、次回から、今までの調子に戻りますね。
メーンの事業はオペラを通じた国際交流になります。今回の来日でスロバキア国立オペラは函館以外にも、札幌で一回、横浜で六回の公演をします。例えば、この公演を毎年、全て函館(及びその周辺都市)でやることになったら、冬の観光のひとつのツールになり得ると思います。
また、話は観光だけではありません。現代日本の日常生活には、欧州文化をその源流とするものが数多く入ってきています。自動車(これは馬車の発展型になります)、自転車(最近、日本でもそのあり方が見直されてきていますね)、ハムやソーセージなど(向こうでは、フランス料理店にでも行かなければ食べられないような生ハムが簡単に手に入ります。しかも安い)が、かの地でどのような使い方をされているのか。もちろん、気候風土や街のつくりなどの問題がありますから、それらを全て取り入れることは不可能ですけど、知る事で生活を(より楽しい方向へ)変える手助けにはなるはずです。欧州では基本的に鉄道への自転車持ち込みは自由です。日本ではJRに自転車を持ち込むのは自由ですが、輪行袋というもので自転車全体を覆わなくてはなりません。これは日本の鉄道が狭軌で、海外の鉄道車両に比べて小さいからそういうことになったのだと思います。だから、そのまま、というのは無理にしてもそれをアレンジして取り込む、ということはできるはずです。
また、向こうの人たちにとっても、日本との交流はメリットがあります。例えば、スロバキアの首都にあるTESCO(日本でいうジャスコみたいな、英国資本の巨大スーパー)の食品売り場には、魚類はほんの数点しかありません。山の中にある国ですから元々そういう習慣もないのでしょうけど。そこで、函館の魚類、もちろん、生は厳しいでしょうから、日本の加工技術を施されたものを持っていって「こういうものがあるんですよ」って、提案してみせることができたら注目はされると思います。思いのほか、日本食は海外の方にも受けるようです。理由は食感が全く違うから。向こうの食べ物は全体、硬めです。だから、例えばラーメン(これは、十年近く日本を訪れている、国立オペラメンバーの好物のひとつ)のトロトロになったチャーシューなんて、まさに異世界の食べ物になります。函館のラーメン屋さんが、向こうで店を出したら面白いですよね。そういうビジネスのチャンスもあるでしょう。日本とスロバキアが交流することに、双方が得るものがある、と考える人がスロバキアにもいるから、こういう声(リンク先をスクロールしてみて下さい)も上がっているわけです。
さて、当会は将来的にどうしていくのか。
当会は、オペラ公演を主事業としたNPO法人化を目指します。
当会は、文化、経済その他の交流事業をし、新たな雇用の場となることを目指します。
当会は、雇用の場の創出こそが「地域活性化」に直結することだと考えるからです。
日本各地で「地域活性化」の名の下にさまざまなプロジェクトが行われています。でも、そのほとんどが単発のイベントです。ちょっと申し訳ないのですが、夕張の映画祭を例にあげます。あれは地元の人たちにどれだけのメリットをもたらしたのでしょう。イベントが開催されている期間は、地元の旅館や食堂の利用者も潤ったでしょう。でも、それだけです。東京のエージェントにイベント開催のためのお金を払って、どれくらい回収できたのか。その映画祭があるからと、新たな職を得る人がどれだけいたのか。そこから、同市の経済が発展する何かを残す事が出来たのか。
イベント自体の否定はしません。楽しいですし、それによって何かを得る人もいるでしょうし。これを書いている、代表の天明伸哉も「地域活性化」「地域おこし」の名の下に行われたイベントにかかわったことがあるのですから。そして、実際にその手のイベントを見て、参加して、「これをしたからといって、地域経済がどれだけ良くなるのか。一時的なものではないか」「ボランティアとして参加している人たちはこれを生き甲斐にできるかもしれないけど、これで生活水準が上がるわけではないよな」などと考えるようになりました。そんなことを考えるきっかけにはなりましたし、同様にイベントを主催するなかで「何が地域活性化になるのか」と考え、現在、複数の人間を雇用する立場になった人もいます。
日本国内で、ベンチャーなどと言われていますが、「成功」と評価されるものは10%に満たないことも重々承知しています。でも、欧州を舞台に活躍する、国立の芸能集団が函館にくるのです。ただそれだけのとても細い線です。ですが、その線を太く、強固にすることで、スロバキアのみならず、ヨーロッパ全体との交流を果たすことができるのではないか、と考えます。
この会に賛同される方を募集します。今は自分ひとりだけなので、何を考えるにしてもすぐに煮詰まってしまうのです。
詳細についてはメール、電話やここのコメント欄を利用して頂ければ幸いです。
それでは、次回から、今までの調子に戻りますね。
2007年11月15日木曜日
2007年11月12日月曜日
2007年11月9日金曜日
オーストリアでの出来事
前回と少し繋がる話です。
今回の旅行で、オーストリアに行った時の話です。滞在したのは二日、ウィーンのビジネスホテルでした。そのうち、一日を「風光明媚な地方に足を伸ばしてみよう」(結局、ウィーン市内っていっても、東京や大阪みたいなものですし)と、クルムス(Krems、クレムス?)と言う街に行ったときのことです。
ウィーンから約八十㌔、列車で約一時間。ドナウ川に河畔にある街です。朝に出発して、駅に着いてからドナウ川にそって遊歩道をぶらぶらと歩きました。歩いたのは一時間くらい。ちょうど、お昼になったわけです。で、長谷川さん(このひと誰?と思った方はコチラ)は「こっちに何か食い物屋があるはず」と丘の上の住宅地(右写真参照)へずんずんと入っていきます。実は、その場所について知っていたわけではなくて、長年、欧州を歩いてきた長谷川さんのカンだったのですが。
そのカンも当たり、無事僕ら一行は食堂にたどり着きました。その食堂での出来事。
今回の旅行は僕、長谷川さんと福井県の鯖江市で、僕と同様に現地でスロバキア国立オペラ公演を手がけている方(七十一歳)とその方のお花(華道)のお師匠さん(八十七歳!)の四人で行きました。さて、オーストリアです。公用語はドイツ語です。メニューもドイツ語です。日本のメニューみたいに写真はありません。店主の方も、そもそも地元の人しか利用しないようなお店ですから、英語は苦手のようです。函館で言うなら、中道食堂とか、そんな感じのお店ですね。
お師匠さんは歩き疲れたのと、もともと好きでもあるので、長谷川さんが「アイスクリームはあるの?」と尋ねます。すると、背後のテーブルがざわめくわけです。
「え、アイスクリーム!?」
「今、アイスって言った?」
「あ、食べるんだ、アイス」
当然、ドイツ語ですし、僕はドイツ語は「Achtung!」とか「Verdammt」とか「Scheiße」とかPanzerlliedの歌詞くらいしか知りませんから、正確にこう言っていたかは解りませんが、そういうリアクションだったわけです。さてさて、お師匠さんと鯖江の代表の方はとりあえず、アイスとなりました。僕と長谷川さんはワインを注文します。さて、そこで食べ物に話は戻ります。解らん。困った。
すると、隣のテーブルのご夫人が英語で話しかけてきてくれました。メニューを指差して「これ、ベーコンとチーズの盛り合わせだから、何人かで食べるには丁度いいんじゃないかしら」と。注文する事にしましたよ、それを。そして、「このお店には今年漬けたばかりのワインがあるからそれを注文してみたら」って言うんです。もちろん、即、注文決定です。飲んでみると、普通にフルーツジュースみたい。発酵しきってないから、アルコール度数もかなり低いはず。こーゆーものに触れると、日本のお酒関係の法律もどうにかならないかなって思います。よく、地ビールなんてあります。それは、それぞれの土地で変化をつけようとしているのは解りますが、大手ビール会社の製造法を踏襲しているわけで。会社組織が作っているものであるわけです。結局、日本では飲み屋さんとかで、「これ、俺が爺さんから作り方教わったどぶろく。飲んでみてよ」ってな話にはならないわけで。ちょっと、寂しいですね。
驚いたのはそのご夫人の旦那様です。話を聞くと、「勤めていた会社が住友重工と仕事をしていたので、東京に住んでいたことがあるんだ」とのこと。
えーと。
例えて言うなら、函館観光に来たオーストリア人が、恵山あたりへツツジでも観に行って、プラリと地元の食堂に入るわけです。そこで、何を注文したものか困っていると、ドイツ語で話しかけてくる地元の老夫婦がいて、「いや、勤めてた会社の関係でウィーンに住んでたんよ」って言うようなものです。
さて、まとめます。
最初にアイスについてリアクションしていた背後の一行。きっと、英語を話せる人がいたと思うんです。でも、話しかけてくれたのは、日本に滞在していたことがある、老夫婦でした。
なんでかって言ったら、過去に日本人と仕事をしたりして、その付き合いのなかで「日本人ってこんな感じのやつら」ってイメージが出来ていて、そこで「ああ、困ってるみたいだから、助けてあげよっか」って考えたんじゃないかと僕は思うんです。
もっと言えば、僕の背後にいた一行は、僕らが日本人か、中国人か、韓国人か判別がついていなかったと思います。でも、話しかけてくれた方は、日本にいたことがあるから言葉は理解できなくても僕らが話しているのを聞いて、「あ、これ、日本語じゃないか」って判断したのでしょう。
ようやく、ここまできて、前回の話と繋がります。前回はオランダでの反日感情の話でした。オランダの人たちの多くは、僕の背後にいた一行のように、日本人と接したことがほとんどない人たちなのではないでしょうか。
今回の老夫婦みたいに、今の日本人と接して、「アレ? コイツ案外良い奴じゃん」って人が増えれば、また、変わってくるのではないか、と。
いや、アメリカの原爆投下と現在のその歴史的評価について、異論を唱える日本人は少なからずいるとは思うのですけど、だからといってアメリカ国籍を持つというだけで、当時の原爆投下と何の関係もない留学生あたりが、開口一番に「アメリカの原爆投下は非道な民間人の虐殺でした。日本人に謝罪します」って言ってきても、それは「お前は何を言っているんだ」としか言いようがないでしょって話です。
今日はここまで。
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